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第23-2話 黒い円

Auteur: 百舌巌
last update Dernière mise à jour: 2025-03-16 09:26:25

 姫星は、その不気味にうごめくモノにそっと近づいてみた。

(…… 蟻? ……)

 姫星は恐る恐る近付いて良く見ると、蟻が同じところをグルグルと回っている光景だった。それも数千匹、或は数万匹は居そうなくらい、一心不乱にグルグル回転している。蟻たちは直径が一メートルはありそうな黒い円を形作っていたのだ。

(どうして自分たちのお家に帰らないの?)

 これはアントデスマーチと呼ばれる現象だ。原因は解明されていないが、何らかの要因で帰るべき巣を見失っているのではないかと言われている。そして、この現象を起こした蟻集団は、そのまま死に絶えてしまう。

 姫星はその不思議な現象をしばらく眺めていたが、自分には何も出来ないと思い、蟻たちを踏まないように、道の端を通って帰り道に出た。

 一陣の風が素早く姫星の横を駆け抜けた感じがした。姫星は後ろを振り返ったが何も無い。地面では蟻たちは相変わらずグルグルと回っている。

 何が起きても怪しく感じてしまっている。姫星の神経が参り始めているのだ。

(やはり、一人で来るべきでは無かったのか)

 姫星は後悔し始めていた。

 その時。森の奥からガサガサと葉が擦れ合う音が聞こえてきた。姫星は身構えた。

 道の脇にある鬱蒼と茂る下草の間を、迷いもしないで真っ直ぐに自分に向かって来るモノがいる。

バキッ

 枝か何かが折れる音がしたかと思うと、猪が飛び出てきた。そして、目の前にいた姫星にびっくりしたように立ち止まっている。

バキッ

 また、音がしたかと思うと、その後ろから鹿も飛び出てきた。そして、姫星を見るや立ち止まってしまった。

(山火事でも起きているの?)

 自然を扱ったドキュメンタリーなどで見られる光景だ。姫星は注意深く山を見つめた。しかしながら、山にはそんな兆候は見られない。ただ、静かに風に吹かれている。

「姫星は何にもしないよ…… 山にお帰り……」

 姫星はそう声を掛けてあげた。当惑していた猪や鹿は、姫星が無害であると理解したのか、そのまま道を渡って反対側の森の中へ消えていった。

「なんか変……」

 姫星は当惑したまま宿へと急いだ。動物たちの様子もおかしいと雅史に報告する為だ。

 すると、前方からこちらに向かってくる雅史の姿があった。無断で宿を抜け出したので、姫星を心配して探しに来たらしい。

「村の様子が変だから気を付けなさいと注意したでしょ?」

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